【ブルーインパルス】浜松事故の原因は?殉職したパイロットはいるの?

ブルーインパルスは素晴らしい演技で、いつも私達を魅了してくれます。

ただ、パイロットたちは常に危険と隣り合わせです。

安全性を第一に考えていても、事故を100%防ぐことは出来ません。

 

今回の内容は、1982年に起こったブルーインパルス墜落事故について。

これまでのブルーインパルス歴史の中で、唯一展示飛行中に起こった事故です。

浜松基地で起こった事故の詳細・原因・殉職者など被害についてまとめました。

 

浜松基地で起こった事故って何?

1982年11月14日、静岡県浜松市にある浜松基地で航空祭が開かれていました。

ブルーインパルスが15番目の演技「下向き空中開花」を行っていた時です・・・


画像出典:saiの趣味な写真館

下向き空中開花」の画像です。

一機のだけ、突き抜けて下へ飛行しています。この機体が事故を起こした4番機。

高度を下げすぎ浮上できず、このまま地面へ墜落してしまいました。

 


画像出典:お役立ち!季節の耳寄り情報局

墜落時の画像です。

基地から500メートル離れた民家の空き地に墜落、炎上しました。

 

浜松の墜落事故の被害は?パイロットの殉職者は?

民家一棟が全焼、工場二棟が半壊。

自動車修理工場にあった新車350台のうち250台が被害を受けました。


画像出典:ヒコーキ雲

機体は墜落地点から半径200メートルに渡り飛び散りました。


画像出典:ヒコーキ雲

「壁に突き刺さった尾翼」の画像。

 

住民ら12名が、やけどなどの重軽傷で病院へ搬送。

4番機パイロット高島一尉が即死、殉職しました。

 

本来のルートのまま墜落したら、住宅地や東名高速道路が現場になっていました。

事故機のパイロットは、墜落しても被害の少ない場所を選んだのではないか?と言われていますが、確認するすべはなく真相はわかりません。

 

その後、ニュースで大きく報道されました。

「危険な曲技飛行」として批判的に書かれることが多く

ブルーインパルスは発足以来最大の危機を迎えることになります。

 

浜松の墜落事故の原因は?

原因は2つあると言われています。

①編隊長の指示がおくれたため

下方に向けて飛行した状態から「ブレーク・・・ナウ!」という編隊長の指示で、次の動きに移ります。

その指示が遅れたため、4番機が高度を下げすぎ、浮上することが出来ませんでした。


画像出典:ヒコーキ雲

編隊長の指示直後の画像。

 


画像出典:saiの趣味な写真館

浮上できず、一機下方に進んでいく事故機。

編隊長の示が0.4秒遅れため、こうなってしまったと言う。

 

②ループの頂点の問題

ループの頂点がいつもより低くなってしまった。

つまり降下し始めたポイントが低かったことも、事故原因の一つとなりました。

 

浜松墜落事故後のブルーインパルスはどうなった?

1982年11月の浜松墜落事故の後、ブルーインパルスは活動を自粛。批判的な報道、ブルーインパルスに対する住民の不安感から訓練が出来るような状況ではありませんでした。

広報の柱となるブルーインパルスを失うわけにはいかない航空自衛隊は、安全対策を幾度も検討し

2年後の1984年7月松島基地航空祭から、アクロバット飛行を含む展示飛行が再開となりました。

 

まとめ

浜松基地で起こった墜落事故の詳細や原因、殉職者など被害についてまとめました。

残念ながら、パイロットが1名殉職してしまいましたが

民間人の死者が出なかったことは、不幸中の幸いでしたね。

 

0.4秒が生死を分けるとは、パイロット達がいかに過酷な世界で生きているかがわかります。

だからこそ、生まれるパフォーマンスは美しい。

これからも安全に活躍されることを祈っています。

 

コチラの記事もオススメです!

【ブルーインパルス】過去の事故や殉職者数、東日本大震災について。

【ブルーインパルス】煙の正体は何?飛行機雲との違いを解説!

【ブルーインパルス】機体は戦闘機?歴代機体名と特徴をご紹介!

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です