勝谷誠彦の名言や活動まとめ!番組降板・うつ病発症。壮絶な人生!

2018年11月28日に逝去された「故・勝谷誠彦氏

テレビでの過激発言ばかりが取り沙汰されますが

一体どんな方だったのでしょうか?

今回の記事では、勝谷誠彦氏の名言・これまでの活動

度々の番組降板や、うつ病発症など壮絶な人生をまとめました。

勝谷誠彦さんはコラムニスト

勝谷さんの職業はコラムニストと表現されます。

「コラムニスト」とは「コラムの書き手」らしい。

代表的な仕事は、有料メールマガジン『勝谷誠彦の××な日々。』

5000字をこえるコラムが毎日届く、壮絶なメルマガでした。

しかも、一ヶ月875円。

内容は、政治、事件・個人的な趣味(お酒・料理・ボクシング・好きなアーティスト)などなど。

うつ病になろうが、病気でも、どんなところでも(海外の電波が悪いところとか)

日本時間の朝10時までに届ける事をモットーに、欠かすことなく届けられていました。

 

これは志や強い覚悟があってこそ、できることですね。

勝谷さんは誰よりも読者思いのコラムニストでした。

弱者に優しく、間違った強者には容赦がない」見ていて痛快になる様な内容です。

ただ、賛否はあるかも。

毎年4月1日には、リアルすぎる嘘メルマガが届き、なれない読者は騙されるの巻(^_^;)

今となってはいい思い出です。

 

それ以外にも、様々な雑誌にコラムを掲載。

締切を厳守する仕事の早いコラムニストでした。

勝谷誠彦は文藝春秋の社員だった

1985年、文藝春秋に入社。

『エンマ』 『クレア』『週刊文春』『文藝春秋』『マルコポーロ』等の担当を歴任。

文藝春秋ではいろいろあり、最終的に干されることとなる。

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」

『週刊文春』の記者時代の話。

1989年、女子高生コンクリート詰め殺人事件が起こります。

1988年11月25日夕方に埼玉県三郷市内の路上で被害者女子高生(事件当時17歳)が不良少年グループに拉致され、約40日間にわたってグループのたまり場だった東京都足立区綾瀬の加害者宅に監禁されて暴行・強姦を受け続け、1989年(昭和64年)1月4日に加害者グループから集団リンチを受けて死亡、遺体をコンクリート詰めにされて東京都江東区内の東京湾埋立地に遺棄された。

引用:ウィキペディア(女子高生コンクリート詰め殺人事件)

詳細はウィキペディアで読んでほしいのですが、吐き気がするほどの酷い事件です。

 

その事件について、勝谷氏も強い憤りを感じられたのだと思います。

なんと、加害者少年らの実名を報道!

加害者は未成年なので、当然実名報道は禁止。

上司(花田紀凱)の許可を得て行われましたが、当然大きな議論を呼びました。

勝谷氏は「獣に人権は無い」という考えのもと、実名報道に踏切りました。

 

当時は少年法で未成年がガチガチに守られていた時期です。

個人的には、実名報道やむなしとは思いますが、まぁ駄目なんでしょうね。

かつての少年法は被害者家族に対して配慮がほぼないので

勝谷さんの判断に救われた人がいたかもしれません。

文藝春秋を辞めたきっかけ、マルコポーロ事件

1995年2月の出来事。

雑誌「マルコポーロ」に載っている記事が問題となります。

内科医西岡昌紀が寄稿したホロコーストを否定する内容の記事を掲載したことに対して、アメリカのユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターなどからの抗議を受けて同誌を自主廃刊したこと、及び当時の社長や編集長が辞任解任された

引用:ウィキペディア(マルコポーロ事件)

「ナチスのホロコーストはなかった」との主張に、ユダヤ人団体から強い抗議、広告の引き上げを受け

文藝春秋は、雑誌「マルコポーロ」を廃刊としました。

花田紀凱編集長も解任。

過剰とも思える対応に、勝谷誠彦さんは文藝春秋に見切りを付ける。

勝谷誠彦は度々番組降板にあう

勝谷さんは、歯に衣着せぬ発言で思ったことを率直に言う人でしたね。

それで人気になりつつも、超えては行けない一線を超えたことが多々あったらしい・・・(^_^;)

そこまで行って委員会

2013年3月、ずっとレギュラー出演していた勝谷氏が番組降板となる。

番組から『今週の金曜日(8日)の収録を最後に』と言われたので『出ません』と私から断った。

読売テレビから、勝谷が所属するよしもとクリエイティブエージェンシーの担当者にクビが通告されたようだ。

引用:zakzak

なぜクビになったのか?

テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」の中で、「TPP(の話題)で、私が『そこまで言って委員会? ダメでしょう』と言ったのがクビになった大きな理由につながっている(内緒・笑)のはまことに面白い」

と記述されています。真相はわかりませんが

心当たりは山程あると仰っていたのが印象的。

日本テレビ「スッキリ」を降板

これについてはスッキリ司会者の加藤浩次さんが以下のように語っています。

「もうちょっと興奮しないで、勝谷さんの意見間違ってないからもうちょっと分かりやすく言ってくれませんか?と後輩ながら言わせてもらうと『そうか、分かった分かった』と言ってくれるけど、次の週からまた興奮して言うという…僕はコメンテーターとしてずっといてほしかった」

引用:デイリー

やはり発言が原因で降板になっているようです。

テレビだから致し方ないのかもしれませんが、最近のコメンテーターつまんないんだよね~。

数々の番組降板理由

勝谷氏は以下のように分析。

①数々の暗黙のルールを守らなかった事

例えば、コメントに具体的な業名は入れてはいけない暗黙のルールが有るそう。

しかし、勝谷氏は企業名を言ったらしい。

 

②局や局のスタッフに対して意見したため。

例えば、日本人がシリアで捕まっているときに、そのニュースを冒頭だけ放送。

あとは延々と芸能人の結婚のニュースをやるというのは如何なものか?など。

 

勝谷さんの仰りたいことはわかります。

時々メディアの優先順位がわからなくなりますよね。

勝谷誠彦はうつ病だった

あの元気でうつとは対局そうな勝谷さんが、なんとうつ病になりました。

時期は、2015年5月~2015年8月末。

ある日突然起き上がれなくなる。

気持ち的なものもあるが、肉体的にも身体が動かない。

何も出来ない。ずっとベッドで寝ている状況。

御本人は気がついてなかったようですが、周りから見て明らかに様子がおかしかったようです。

ラジオでろれつが回ってない。

顔の表情が明らかにいつもと違う。

 

勝谷さんの凄いところは、そんな状況でも毎日メルマガを配信されていました。

当時購読していましたが「なんだか暗めの内容だな?」と思ったぐらいで

まさかうつ病だとは・・・

奇跡的に3ヶ月で治り(本当に奇跡です)

うつ病であったことを公表。多くの反響がありました。

その反響から、まだまだうつ病への偏見が強いと感じた勝谷さんは

うつ病について啓発活動を始める。

 

治すコツは「『「まさか自分がうつなんて・・・」と思わず、とっとと医療にかかること』だそうです。

病院に行くのが遅れるのが一番悪化させるパターンのなのだそうです。

これは深い!

勝谷誠彦の名言

最後に勝谷誠彦氏の、名言をご紹介します。

今後については、分からない。人生、その日の朝、起きた気分で決めているから。

 

野党が駄目なのはつらい顔をしてつらさばかり訴えるところ。やらなきゃいけないことはたくさんある。それをどうやるかが大事で、つらいことでも明るく楽しくやればいいんですよ。
引用:名言DB

 

経済を知らずして軍事を語るな。
軍事を知らずして平和を語るな。

 

ただ生きるな、善く生きよ

個人的には「ただ生きるな、善く生きよ」が一番好き。

漫然と生きる自分に喝を入れてもらった言葉。会社を辞めたい自分を後押ししてくれました。

まとめ

今回の記事では、勝谷誠彦氏の名言・活動をまとめました。

度々の番組降板や、うつ病発症など壮絶な人生をまとめました。

本当はまだまだいろいろ活躍されていて、まだまだ書き足りないのですが

おいおい追記したいと思います。

勝谷誠彦氏のご冥福をお祈りいたします。

 

 

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